監督日記(2012年3月中旬~5月)

3月15~16日
16日、青森県農協政治連盟の勉強会に招かれる。15分ほどの映画のプロモーションビデオ上映の後、この映画を作るにいたった思いなどを話させていただく。1980年代、猛烈な核燃反対運動を展開した青森県の農業者の方々。そもそも私は、そうした青森での核燃をめぐる歴史を記録しておきたい、との思いからこの映画製作を思い立ったのである。

3月24~25日
福島の磐梯熱海温泉で開催された福島県有機農業ネットワーク主催によるシンポジウムを取材。映画に登場する郡山の中村さんも、もちろん参加されていた。課題は限りなく多いが、「農から復興の光が見える」「有機農業がつくる持続可能な社会へ」のテーマが、福島のみならずこれからの日本の社会の希望に思える。

3月27日
関東地区映画制作会議

4月9~11日
福島へ ようやくおとずれた春の福島の情景を撮影しながら、郡山の中村さん宅へ。 春の農作業の撮影の打ち合わせをする。今年は雪が多かったため、田植えは例年より遅れそうとのこと。11日は、「低線量被曝と向き合う。チェルノブイリの教訓に学ぶ」というタイトルで、ベラルーシとウクライナから来日されている専門家の講演会があり、これを取材する。

4月14~15日
14日は青森での映画制作会議。15日、青森の春の情景撮影、今後の取材の打ち合わせ等をして帰京。

4月21~22日
六ヶ所村泊地区のTさんご夫婦のインタビュー。原燃関連の仕事を請け負っている会社を経営する核燃推進派のTさんのお話からは、いかに生活レベルで原燃が村に浸透しているかが伝わってくる。

4月27~28日
27日は、青森県弘前市の「放射能から子どもを守る母親の会」主催の鎌田慧さん(弘前市出身)の講演会を撮影。東北がいかに原子力地帯になっていったかを話される。28日は、「~母親の会」の定例デモ撮影。デモは3時半からなので、日中、青森市からの合流者とともに、鎌田さんと弘前城公園でお花見。今年は開花が遅く満開には早かったが、天気も良く、津軽富士の岩木山を眺めながら、青森市の人が持参してくれた高級ワイン」でお花見を楽しんだ。鎌田さんがワイン通だとは知らなかった。

4月29日
埼玉県ふじみ野市で、地元の文京学院大学の学生さんたちによる、郡山市多田野地区の野菜代行販売を撮影。放射能の影響に苦しむ郡山の中村さんたちの力になりたいと、これまで数回実施してきた。試行錯誤しながらの活動である。若い人たちの純粋なエネルギーこそ、この混迷の時代を切り拓く力となるに違いない。

4月29~30日
ふじみ野市での撮影後、福島県三春町の名高い滝桜の撮影へ。昨年も雨、今年もあいにく天候が悪く映像的には残念だったが、これほど人々を魅了する桜といういのちの素晴らしさには感服する。だが、原発からの放射線は確実に降り注いでいる。

5月上旬
15分バージョンのプロモーションビデオの編集に四苦八苦の毎日をすごす。

5月20~22日
郡山の中村さんの田植えの撮影。田植えと一言でいっても、さまざまな準備をしながらの作業。中村さんは、なんとか少しでも放射能を除去しようとさまざまな工夫を実施していて、このときは有機栽培の田んぼにゼオライトを撒く。

5月26~27日
26日夜は青森での映画制作会議。27日、六ヶ所村泊の漁業者のTさん宅へ行き、今後の撮影依頼と打ち合わせをして帰京。泊のコンブをたくさんもらって帰る。

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